竜退治のお話は世界各地にありますし、古代から現代にいたるまで、その創作は時を選ぶこともありません。
そこで今回ご紹介しますは我が国で最も有名な巨大モンスターこと、ヤマタノオロチ(八岐大蛇)です。
この恐ろしく、巨大なモンスターは一体どこに棲んでいたのか。
それはいかにして退治されたのか。
そしてその正体とは何だったのか。
ファンタジーの知識を知れば、より楽しい!
今回も皆さまの創作ネタとして、創作物への没入感を深める糧として、お楽しみいただければ幸いです。
ぜひ最後までお付き合いくださいませ。
そもそもヤマタノオロチとはなんぞや?
ヤマタノオロチとは、日本神話において、スサノオノミコトにより退治された巨大なドラゴンのことです。
ドラゴンと言っては語弊があるかもしれません。
大蛇と言った方がより近いかもしれません。
その姿は八つの頭と八つの尾を持つ巨大な蛇。
目は酸漿(ほおずき)のように赤く、巨体を引きずり這い進むため、胴体は血で染まり爛(ただ)れています。
谷八つ、丘八つに相当するほどの巨体であり、身体は苔が覆い、檜(ひのき)や杉まで生え、まるで動く山のようにも見えます。
そして頭上には常に雨雲が沸き、風雨を従えます。
ヤマタノオロチは『古事記』、『日本書紀』という二編のどちらにも登場します。
内容はおおむね同じ。
ざっくりとまとめると、
場所は出雲(いずも)の国。
高天原(たかまがはら)を追放された荒神スサノオは、肥(ひ)の河で嘆き悲しむ老夫婦、アシナヅチとテナヅチに会いました。
老夫婦には八人の娘がいましたが、ヤマタノオロチが毎年一人ずつ生贄に要求。
ついに今年最後の一人、クシナダヒメを残すのみとなってしまったのです。
そこでスサノオは、クシナダヒメを嫁に貰うことを条件に、オロチ退治を請け負います。
老夫婦は突然の申し出に懐疑的でしたが、スサノオが「自分はアマテラスの弟である」、と素性を明かすと心強くなり喜びました。
まずスサノオは神通力でクシナダヒメを櫛(くし)に変え、自らの髪に挿します。
そして老夫婦に八度醸造した強い酒、「八塩折酒(やしおりのさけ)」を用意させ、さらに八つの谷に門と桟敷を作らせ、そこに酒を置きます。
酒の匂いにつられてやって来たオロチは見事にその酒で酔いつぶれ、あとはスサノオが自らの剣、「十拳剣(トツカノツルギ)」で全ての首と尾を斬り飛ばしました。
しかし尾のひとつを斬った際、なんとスサノオの剣が欠けてしまいます。
その尾を切り開くと中から「天叢雲剣(アマノムラクモノツルギ)」が出てきたので、その剣をアマテラスに献上しました。
スサノオは約束通り、クシナダヒメと結婚し、出雲の国で多くの神々を生んだと言います。
ちなみに「天叢雲剣」は後にヤマトタケルノミコト(日本武尊命)が東征の際、草原で火攻めに会い、燃える草を薙ぎ払ったことから以後、「草薙剣(クサナギノツルギ)」と呼ばれるようになり、現代にまで伝わる「三種の神器」のひとつとなりました。
『古事記』と『日本書紀』の表記の違い
ヤマタノオロチ伝説は『記紀』、すなわち日本の神話と伝説を伝える重要資料、『古事記』と『日本書紀』に登場する。
両書における内容はほぼ同一と言えるが、漢字の当て字には明確な違いが見受けられる。
まずもってこのふたつの資料の成り立ちについてだが、『古事記』は西暦712年、稗田 阿礼(ひえだの あれ)と太 安万侶(おお の やすまろ)により編纂された。
『日本書紀』はそれより8年後の720年に完成し、編纂には稗田 阿礼も参加していたと言われるが、詳しい成立の経緯についてはまだ解明されていない。
話をヤマタノオロチ伝説に戻します。
この伝説に登場する各名称の当て字の違いがこちらになります。
皆さんはどちらの当て字をより見かけることが多いでしょうか?
登場人物名 | 『古事記』表記 | 『日本書紀』表記 |
---|---|---|
スサノオ | 須佐之男 | 素戔嗚尊 |
ヤマタノオロチ | 八岐大蛇 | 八俣遠呂智 |
クシナダヒメ | 櫛名田比売 | 奇稲田姫 |
アシナヅチ | 足名椎 | 脚摩乳 |
テナツチ | 手名椎 | 手摩乳 |
ヒの河 | 肥の河 | 簸の川 |
どうでしょうか。
個人的な印象も含めますが、スサノオとオロチは『古事記』表記で見かけることが多く、しかしながらクシナダヒメは『日本書紀』表記の奇稲田姫で見かけることが多い気がします。(太字部分です)
肥の河とは現在の島根県東部および鳥取県西部を流れる一級河川「斐伊川」のことです。
ここにヤマタノオロチがいたんですよ、神代の時代に。
またオロチの体内から現れた剣は「天叢雲剣(アマノムラクモノツルギ)」であるが、これは『日本書紀』表記。
『古事記』では「都牟刈太刀(ツムガリノタチ)」と表記されている。
どちらも後世には「草薙の剣」「草薙の太刀」とほぼ統一された呼び名となるが、オロチ退治の時点では名称が違う。
「天叢雲剣」はオロチの頭上に常に雨雲があったことからそう名付けられた。
「都牟刈太刀」とは非常に鋭い刃の様を指し、尾を斬ったスサノオの剣が欠けたことからそう名付けられた。
故に結局最終的にこの剣は「草薙の剣」となるのであるが、ゲームやマンガなど、ファンタジーの創作においては「呼び名が違えばそれは別物」という不文律があるわけで。
例えばバハムートとベヒーモス。
元は同じ由来のモンスターでしたが、『旧約聖書』のベヒーモスがアラビア語読みに変化したのがバハムートでしたね。
モンスターで適用されるルールはアイテムでも適用されます。
そのためゲームによっては「天叢雲剣」と「草薙の剣」は別アイテムなのです。
ヤマタノオロチの解釈
この伝説には様々な現代的解釈がされています。
その中でも「多大なる水害」の象徴とする解釈がもっともらしいのではないでしょうか。
生贄とされるクシナダヒメは『日本書紀』では「奇稲田姫」と書きます。
この名前の意味するところは、稲田の巫女です。
大地に稲を実らす水神、まさにオロチのような龍神に仕えていた巫女です。
巫女とは仕えている神にその身を捧げる存在です。
故に本来の巫女は処女であるということになるのですが。
実際この山陰地方には神事において、神と巫女の婚姻を司るものもあったそうです。
ところがこの地方にスサノオという新たな信仰が流入してきました。
そのためこの地の水神であった旧神は、オロチとして、新たなる神スサノオにとって代わられた、という背景が想像されます。
日本神話において、このヤマタノオロチ伝説はとにかく派手で印象深いです。
そもそも「英雄によるドラゴン退治で救われるお姫様」という図式はファンタジー、というよりも、神話においては王道中の王道。
世界各地に類似のものが見られます。
これは俗に「ペルセウス・アンドロメダ型神話」と呼ばれます。
ペルセウスとはギリシャ神話に登場する英雄の事で、アンドロメダとはその物語で海の怪物に生贄としてささげられたお姫様の事です。
このペルセウス・アンドロメダ型神話は世界各地に流布し、その地域色に脚色されていきます。
構成にはある程度のお約束があり、それら全て、あるいはいくつかが要素として含まれるものを指します。
いわゆるファンタジーの古典とされるストーリー形式です。
そもそもが神話の原典であり、世界中に類似の伝説が広がっているのですから、まさに王道中のド王道でしょう。
ヤマタノオロチ伝説も、この神話形式が日本に伝わり形作られたようです。
その証拠に、出雲地方の風土伝承について713年から733年にかけて書かれた『出雲国風土記(いずものくにふどき)』には、ヤマタノオロチ退治の説話が載っていません。
『古事記』の完成は712年ですから、後出しのこの風土記に記載がないという事は、オロチ伝説は大和朝廷によるフィクションなのでしょうか。
ただし風土記にはスサノオやクシナダ由来の地名などは登場します。
このことからやはりオロチは水神であり、クシナダは巫女を表す。
それを朝廷の力の堅持のために、スサノオの英雄譚として印象付けた。
そんなところでしょうか。
それとももっと事は単純で、ヤマタノオロチは八つの谷を破壊するほどの大洪水をたびたび起こしていたが、卓越した治水工事によりその被害を抑えることが出来、巫女による祈祷、または本当にあったかもしれない生贄(人柱)の風習を撲滅することが出来た。
そういう事を英雄譚の形で残したのかもしれません。
どうでしょうか。
さらにスサノオがオロチの尾を斬った際、剣が欠け、中から「天叢雲剣(アマノムラクモノツルギ)」が出てきた件について。
これは主に青銅の剣を使っていた朝廷が、すでに製鉄技術を持っていたこの地の民を征服した、という事の現れであるという説。
オロチのいた肥の河(斐伊川)上流には大化の改新よりも以前、「鍛冶部(かぬちべ)」という鉄器を精製する集団がいました。
そしてこの地では良質な砂鉄が採れた、という事は前述の『出雲国風土記』にもあります。
また、砂鉄を含んだ花崗岩を川に流し、鉄の選別を行うそうなのですが、鉄分を含んだ川の水は赤く染まります。
そうなると下流の稲田に害が及ぶ。
ここに奇稲田と八つの谷の化身オロチに因縁が生まれる、ということかと。
さらに言えばオロチの尾から「天叢雲剣(アマノムラクモノツルギ)」、後の「草薙の剣」が出たという事は、この「鍛冶部」の者が拵(こしら)えたものが後の三種の神器のひとつとなった。
そういう解釈も出来そうですね。
まとめ
- ヤマタノオロチは出雲の国、斐伊川にいた
- クシナダヒメを生贄に求め、スサノオに退治された
- 尾の中から後の三種の神器のひとつ「草薙の剣」が出てきた
- オロチは「水害」「製鉄」の象徴と目されている
いかがだったでしょうか。
さすがに日本神話最大のモンスターにして、最も有名な竜退治のエピソードでもあることから、ご存知の方も多かったと思います。
そしてその解釈も実に多彩で、この記事内で語らせていただいたのは、ほんの一握りにすぎません。
気になった方は是非、ご自分でもお調べになってみてください。
多くの創作のモチーフになっているので、知っておいて損はしません。
『ドラゴンクエストIII そして伝説へ』
例えばそれは国民的RPGである『ドラゴンクエスト』でも扱われているほどです。
登場は第3作目、『ドラゴンクエストIII そして伝説へ』
この作品ではジパングという小さな島国を治める女王ヒミコにより、火山に棲む「やまたのおろち」へ生贄を捧げていました。
しかし実はおろちの正体こそが女王ヒミコその人であったのです。
初プレイ時は苦戦の末、からくも倒したおろちを追い、辿り着いたのがヒミコの館。
そこでまさかの2連戦が開始された時はかなりの絶望を味わいました。
このことから一時期まで、ヤマタノオロチと卑弥呼には関係があると、間違った歴史観を持ってしまいましたが、これもまた面白い神話のアレンジですよね。
『シン・ゴジラ』
神話ではありませんが、もうひとつ、我が国が誇る最大のモンスターにあの東宝の大怪獣ゴジラがいます。
その中で近年のヒット作に庵野秀明監督による『シン・ゴジラ』がありましたね。
終盤、ゴジラの動きを止めるために「血液凝固剤」を口から注入するプラン、「ヤシオリ作戦」が発動します。
この「ヤシオリ作戦」という作戦名はまさに、ヤマタノオロチを酔わせ、眠らせた酒、「八塩折酒(やしおりのさけ)」から来ています。
劇中で作戦名についての言及は特になされませんが、こういった知識を持って作品に向き合っていれば、その瞬間瞬間にニヤリと出来るのはまさにオタクの特権と言えましょう。
他にもオロチを扱った作品は膨大にあります。
この記事を読んでくれたあなたなら、きっとこの先ニヤリと出来る時がたくさん訪れることでしょう。
それではまた!