「お姫様と言えば?」
世界中でアンケートを取ればまず間違いなく上位に上るのは「シンデレラ」でしょう。
みなさんもお話は十分ご存知だと思います。
ですがそのシンデレラの物語、作者は? 元ネタは? あの意味は?
意外と知らないことも多いのではないでしょうか?
ディズニープリンセス筆頭でもあるこの色々と訳ありなシンデレラを、今日は紐解いてみましょう。
ファンタジーの知識があれば、より楽しい!
今回も皆さまの創作活動の参考になりますよう。
ぜひ最後までお付き合いくださいませ。
そもそもシンデレラとはどんなお話?
一般的なシンデレラの物語を箇条書きにしてみましょう。
- シンデレラは継母と義姉二人にいじめられている
- 王子主催の舞踏会に呼ばれるもシンデレラだけ留守番
- 魔法使いのおばあさんがかぼちゃの馬車とドレス一式を用意してくれる
- 王子に気に入られたシンデレラだが、魔法が解ける午前0時、逃げるように帰宅
- シンデレラの残したガラスの靴をピッタリ履ける娘を探せと王子が命じる
- 義姉二人も挑戦するもサイズが合わない
- シンデレラの足にガラスの靴はピッタリだった
- シンデレラは王子と結婚してめでたしめでたし
こんな感じじゃないですか?
「シンデレラ」というお話の原作は17世紀のフランス、太陽王でお馴染みの、あのルイ14世に仕えた宮廷詩人シャルル・ペロー(1628-1703)による『ペロー童話集』収録『サンドリヨン(灰だらけの娘)』が土台となっています。
ペローは各地の民話や説話を収集し、童話集としてまとめました。しかしそれらを文字として残す際、かなりの改変を行っています。
例えば上記の「シンデレラ」ですが、かぼちゃの馬車やガラスの靴といった物語上必須のアイテムは実はペローが付け加えたオリジナルだそうです。そして宮廷人が喜びそうな上流階級の文法、表現、演出に仕立て直したりもしています。民話独特の残虐描写もありません。これが大変評判を呼びました。
ペローの「サンドリヨン」はおおむね上記の内容のままですが、魔法使いのおばあさんではなく、亡くなった母親の代わりに名付け親として見守っていた、実は正体は妖精である老婆がその役割を演じます。名付け親、とありますが本当の名前はわかりません。サンドリヨン(シンデレラ)というのも義姉が暖炉のそばで灰まみれになっている様をあざけった呼び名ですしね。
もうひとつは結末。
ガラスの靴がピタリと履けたときに再び老婆が現れ、その場で舞踏会の時の姿にサンドリヨンを変身させます。それで誰もが、あーこの娘だ、と納得し、二人の義姉も泣いて今までのことを謝罪します。
サンドリヨンはそんな二人を笑って許し、自分と王子の結婚式と同じ日に、二人にもそれぞれ貴族の子息との合同結婚式を挙げて終わります。
とにかくペローの『サンドリヨン』は美しい心根の少女が相応しい幸せを手に入れ、その幸せを周囲にも振りまく。
圧倒的なハッピーエンドで幕を閉じ、それ故に全時代、全世界の女の子の夢、憧れというシンボリックなプリンセスに仕上がっています。
ちなみにシャルル・ペローの著作物として有名なものは以下の通り。
- 赤ずきん
- 長靴をはいた猫
- 眠れる森の美女
- シンデレラ
お気づきの方もおられましょうが、ペローは民話を集めています。
同じことをした有名な兄弟がドイツにもいらっしゃいましたね。
そう、グリム兄弟です。
実は『ペロー童話集』と『グリム童話』には原点が被っているものもいくつかあります。
というわけでグリム版シンデレラ『灰かぶり』はどうだったでしょうか。
グリム兄弟の『灰かぶり』
『グリム童話』は1812年に第1版(86編)が刊行され、その後1857年までに7回の改稿、最終的に第7版(200編)として完成しました。
グリム兄弟はなるべく原典のままに書き残すことを念頭にしていましたが、そのために簡素な文章や、内容が道徳上よろしくないという批判にもさらされ、結局7回の改稿を通じて様々な改変を行うことになります。
主なものとしては性的な部分や過度な残酷描写。
そして「実母による虐待」はことごとく「継母」などへ改変します。
メルヘンに異様に継母が登場する理由はここにあるようです。
グリム兄弟の『灰かぶり』は第1版から掲載されています。
ドイツ語なので「Aschenputtel(アシェンプテル)」と呼びますが意味はフランス語のCendrillon(サンドリヨン)同じシンデレラです。
ですが物語の内容はだいぶ違いますよ。
- 母親と死別した娘(シンデレラ)は毎日母の墓参りを欠かさなかったが、金持ちの父はすぐに再婚した
- 継母と二人の義姉に邪魔者扱いされ、夜はかまど脇の灰の中で眠らされたので「灰かぶり」と呼ばれた
- ある日、父が街へ出かけるのでお土産は何が欲しいと聞かれ、義姉は宝石やドレスをねだったが、シンデレラは帰り道で父の帽子に最初に当たった若枝を取ってきて、と頼んだ
- そうして手に入ったハシバミの若枝を母の墓に植えると涙がぽたりと落ちた
- 涙でハシバミは一気に立派な木へと成長し、毎日泣き続けたらいつしか小鳥が飛んでくるようになった
- ある時王子が晩餐会を開くから、と招待状が届いた
- シンデレラも行きたいと頼んだが、継母は皿いっぱいの豆を灰の中にまき散らし、良い豆だけを選んで2時間以内にすべて拾い分けられたら連れて行ってやる、と言いました
- 無理難題にシンデレラは家を飛び出し、小鳥たちに助けを乞うと、白い鳩2羽と大勢の小鳥がやってきて見事に豆を選り分けてくれた
- 継母はそれでも許さずより多くの豆をぶちまけやり直しを命じた。それも鳥たちが達成するが、結局シンデレラは留守番を命じられた
- シンデレラがハシバミの木に晩餐会へ行きたいと訴えると、鳥たちが金銀で織られたドレスと靴を持ってきた
- 着飾ったシンデレラが晩餐会へ行くとたちまち王子の目に止まり、夜になると家まで送ると言い出した
- 正体を知られたくないシンデレラは途中で逃げだし、自宅の鳩小屋に飛び込み裏口から抜け出す
- 王子に乞われ父親が斧で鳩小屋を壊すがもぬけの殻。シンデレラは着替えていつもの灰の上にジッとしていた
- 晩餐会は連日続き、そのたびにシンデレラに逃げられた王子はアスファルトの階段に水を撒いておくことに
- あわや足を取られそうになったシンデレラは金銀の靴だけを残し逃げきった
- 金銀の靴をピッタリと履ける娘を嫁にしたい、ここにいるはずだ、と王子はシンデレラの家へとやってくる
- ひとりめの姉が挑戦するもサイズが合わず、継母がナイフを差し出し、つま先を切れと言う
- 部屋でそのようにして見事靴を履いて出てきた姉は、喜ぶ王子と共に外へと出ていく
- そこへ鳩が飛んできて、靴の中が血まみれです、と姉のウソを王子に教えてやった
- ふたりめの姉もサイズが合わず、継母がナイフを差し出し、かかとを切り取ればいいと言う
- しかし今度も鳩が飛んできて王子にウソがばれる
- もう娘はいないのか、と王子に問われ、父親は先妻との間の子がいるが灰まみれで汚い娘なので、と渋る
- しかし王子の剣幕に押されしぶしぶシンデレラを呼びつけると、金銀の靴はピッタリと合いました!
- 王子は灰で汚れた娘の顔をジッと見つめ、間違いない、私の花嫁を見つけたぞ、と喜びました
- 結婚式当日、手のひらを返してシンデレラにこびへつらいだした義姉たちは、両目を鳩に突っつかれ、残りの人生を不自由な目で過ごすことになりましたとさ
長くなってしまいましたが、ペロー版とかなり違うという事がお分かり頂けたのではないでしょうか。
それにしても継母と義姉二人はともかくとして、実の父親もかなり酷いと思いませんか?
さて我々のよく知る「シンデレラ」との最大の違いは魔法使いもかぼちゃの馬車も出てこないこと。
その役割を果たすのは不思議なハシバミの木という事です。
実母の墓に植えられて、娘の涙で生育したことから、この母の魂がシンデレラを救ったとも取れます。
ではなぜハシバミの木なのでしょうか?
ハシバミの枝は占いに使われ、古くは魔法の杖としても使われました。
最後、義姉二人が報いを受けるところを見るに、この枝を持つシンデレラは魔女としての側面もあったのかもしれませんね。
おっと、シンデレラの魔女設定というのはなかなかに新鮮ですね。
ハシバミの枝は水脈調査などに見られるダウジングにも使われ、ギリシャ神話の太陽神アポロンがヘルメスに贈ったケリュケイオン(カドゥケウス)の杖が元ネタだったりもします。
ますますシンデレラが魔女染みていきますね。
他にもハシバミには「親の遺産」、植えるという行為には「正当な継承」という暗喩も込められているらしく、これは物語序盤ですでにシンデレラの結末が示されているという事です。深いですね。
深いですが難しくなる要素を魔法使いのおばあさんにひとまとめにしたペローも、深さを残したグリム兄弟も、どちらも後世、我々に大いなる遺産を残してくださったことに代わりませんよね。
しかしこの二人よりさらに古く、また無視できないシンデレラがまだいるんです。
それがジャンバティスタ・バジーレ『五日物語』収録『灰かぶりの猫』です。
このシンデレラはやらかしますよ。
『灰かぶりの猫』
ジャンバティスタ・バジーレ(1575-1632)はイタリア(ナポリ王国)の軍人にして詩人です。
『五日物語(ペンタメローネ)』という説話集の作者で、50の説話と大枠の1話で成り立っています。
ペローやグリムよりも前の時代の人で、ヨーロッパ発の説話、民話集とされます。
「シンデレラ」だけでなく「白雪姫」「長靴をはいた猫」などの原型も含まれます。
さて『五日物語』収録のシンデレラこと『灰かぶり猫』ですが、シンデレラはある過ちを犯します。
——殺人です。
- 娘の名はゼゾッラ。実母は他界し、イタリアのある大公である父が再婚した継母は意地悪だった
- ゼゾッラには気の許せる家庭教師の女がいて、その先生が継母ならよかったと思っていた
- ゼゾッラの思いを知り、野心を抱いた先生は、継母が衣装箱を覗き込んでいる隙にゼゾッラに重い蓋を閉めさせ、事故死に見せかけて首を折り殺害させてしまう
- さらにゼゾッラに進言させ、父はそれならばと先生と再再婚。新しい継母となる
- そうして6人の娘ができると途端、先生はゼゾッラを冷遇し始める。父も新しい子を贔屓する
- ゼゾッラは持ち物も部屋も奪われ女中として暖炉脇に追いやられ、灰かぶり猫と呼ばれるようになる
- ある日、父がサルディニア島へ出かける際、6人は服や化粧品をお土産にねだるがゼゾッラは、妖精の鳩がくれるものを持ち帰ってくれと頼んだ
- 用事を終えた父は仕方なしに妖精の住む洞窟まで向かうと、ナツメの苗と黄金のじょうろを渡され、それをゼゾッラに渡した
- ナツメはすぐに女性の背丈ほどに成長するとゼゾッラの前に妖精が現れる
- たまにこっそりと街へ出てみたい、と願うと、木のそばで唱えるとドレスが出てくる呪文を教えてもらえた
- さて、若き国王が街でお祭りを開催することになり、国中の若い女が着飾って出てきていた
- ゼゾッラも魔法のドレスで街へ行くと、すぐに国王の目に止まり従者たちに追いかけられた
- 逃げおおせたが履いていた木靴を片方落としてしまい、国王は国中の女に履かせたが誰の足にも合わない
- まだ誰かを隠していないか、という国王に、父が表に出したくなかったゼゾッラを連れて行く
- 靴を履く前から国王にはこの娘だという確信があり、靴もピタリと合ったので、妃に迎えられた
- 6人の娘たちは悔しがった
最大の違いはゼゾッラ(シンデレラ)が能動的に継母を排除した点ですね。
しかも物語最後まで真相は闇の中。事故死として成立しちゃってます。これはいずれスキャンダルになりますね。
ここまで3つのシンデレラストーリーをご紹介しましたが、最後にひとつだけ。
それはこのバジーレ版よりもさらに古い時代、9世紀は唐(中国)の詩人 段成式(803-863)による『酉陽雑俎(ゆうようざっそ)』に書かれた『葉限(しょうげん)』です。
中国の『葉限』
バジーレよりさらに800年も時代を遡りますが、簡単に内容をまとめますと、
- 有力者であった父には二人の妻がいたが、一人は葉限(しょうげん)という娘を残し他界してしまう
- 残った方の妻(継母)に葉限はいじめられるが、ある日赤ヒレに金の目をした魚を見つけ裏の池で飼った
- その魚を継母に意地悪で食べられてしまうが、仙人が現れ残った骨に欲しいものを願いなさいと言われる
- やがて節句の日、継母は自分の娘だけを祭りに連れていき、葉限は留守番させられる
- 骨に願いきれいな服と金色の靴を出してもらい出かけるも、継母に見つかり慌てて逃げる
- その時靴が脱げ、紆余曲折を経て陀汗国の王のもとに行き着く
- 実はこの靴は履こうとすると小さくなって誰も履けない奇妙なもので、王は持ち主を探すことに
- ついに葉限を見つけ、魚の骨と一緒に連れて帰り第一の妃にした
- 継母と娘はどこからか飛んできた石に当たって死んでしまった
- 王は欲深で、骨に金銀財宝をねだりまくったので、そのうち骨は何も叶えてくれなくなりましたとさ
ハッピーエンドでもないようですけど、話の骨子はそのままのシンデレラストーリーですね。
ここでも共通しているのは靴の下りです。そしてなぜ靴なのかが垣間見えます。
中国では纏足(てんそく)といって、女子は足が小さい方がいいという風習がありました。
赤子のうちから小さな靴を履かせて大きくならないようにするぐらいです。
この物語の靴も小さくなって誰も履けないぐらい小さな足=いい女、という流れがみられます。
もちろんシンデレラの類似話は世界中にありますが、骨子が太く共通している点で考えると、この「葉限」のお話が大陸の東から西まで語り継がれていったのだ、などと考えるのもまたロマンがあっていいですよね。
まとめ
いかがだったでしょうか。
シンデレラの元ネタとして関連の強いとされるものをまとめてみましたが、もちろんこれ以外にもたくさんあります。
古代エジプトやインドにもありますし、魔法使いのおばあさん役にバリエーションがあるように、継母役にも、父親役にも、そしてシンデレラの男性版だってあります。
ちょっと思い出しましたが『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』に登場するラインハットのヘンリー王子も継母に虐げられたシンデレラ役ではないでしょうか。裸足の女中ならぬ逃げた奴隷にまで落ちますが、最後は幸せをつかみます。
かぼちゃの馬車もハシバミの木も出てきませんが、そこが重要でないことはもうおわかりですよね。
物語を作るというのは必要に応じて引き算やアレンジをすることです。
伝統的な「継子話」も今もって無数に作られています。
さらなるシンデレラストーリーも続々と誕生する事でしょう。
それでは、また!